2008年9月28日日曜日

出口 恭平 「弁護士のためのマーケティングマニュアル」 第一法規

船井総研の経営コンサルタントである著者が書いた、書名の通りのマーケティングマニュアルです。読者に対して「先生」と語りかける本は非常に珍しいです(笑)。

内容は、それほど奇抜なことをしろと言うことはなく、他の業種でも行われているような地道な努力をこつこつ重ねて行くべし、というようなもの。従って、マーケティングについて多少なりとも考えたことがある弁護士にとっては、値段ほどの効用があるかはわかりません。

私は前職が経営コンサルタントであり、その時にいくつかの小規模な会社の立ち上げにも携わったことがありますが、その時に実践していたことの弁護士版が紹介されている、というような感じでした。

ただ、今まで弁護士業のマーケティングというものを全く考えたことが無く、さらに経営上の理由から売上をのばす必要に迫られている弁護士にとっては、いろいろためになるかも知れません。

最近、これからの弁護士は、マーケティングについてもきちんと考えながら仕事をしていく必要があるんだなあ、と感じるとともに、「マーケティング?そんな下品な・・・」と考えている弁護士が相当の割合で存在することを実感していたところです。後者の弁護士には全く無縁の本だと思いますが、「弁護士マーケティング業界(あれば、ですが・・・)」ほぼ唯一の貴重な本なので、星四つ。


【☆☆☆☆★】

2008年9月26日金曜日

野中 尚人 「自民党政治の終わり」 ちくま新書

麻生政権が誕生し、小泉元首相が引退を表明しました。そこで、タイムリーな本として、今年の9月10日に発行された「自民党政治の終わり」について書いてみたいと思います。

著者は比較政治学を専門とする学者で、現在は学習院大学の教授をなさっているようです。比較政治が専門ということで、55年体制以降の自民党を、「国際比較と歴史的な位置づけを行うことによって」捉え直すことをこの本の特色としています。

日本における、一般市民向けの政治に関する本というのは、政治家自身による自叙伝的なものか、ジャーナリストが書いた政権の内幕を暴露するものが殆どで、学者が書いたものはまれだと思います。それは、学者が書いた本は難しいから、という理由だけではないでしょう。学者が書いた本ははあくまで学術的なものに過ぎず、権力闘争としての生の政治の姿を知りたいという国民の要望に応えられていなかったからなのだと思います。

その点この本は、新書であることからもわかるように、また著者が自認するように、政治や自民党に関する興味を有する一般市民に向けた本です。その内容も、まずは小沢一郎と小泉純一郎という2人のキーパーソンに焦点を合わせることによって、読者の興味をそそるように構成されています。かといって中身のレベルが低いわけではなく、非常に面白い本でした。

この秋に政権選択選挙を迎えるに当たり、是非読んでいただきたい本です。星五つです。


【☆☆☆☆☆】

2008年9月25日木曜日

芦部 信喜、高橋 和之 「憲法」 岩波書店

言わずと知れた憲法学の大家、芦部先生による基本書。芦部先生がお亡くなりになった後も、弟子の高橋教授が内容を更新されているため、最近の判例等についてもきちんと触れられています。

但し、この本はあくまで「エッセンス」を詰め込んだ本であることに留意した方が良いでしょう。大学の憲法の授業で教科書として指定されることがありますが、初学者がこれを1冊読んで憲法を理解できるかと言われると、かなり疑問です。それよりも、もう少し細かい内容まで触れられている基本書等を読んだ後に読むと良いと思います。そうすると、その基本書を読んだだけではわからなかった、芦部憲法学の考え方が見えてくるはずです。

ではどのような基本書が良いかというと、そのうち書いてみることにします。
良書ですが、これ1冊では憲法はわからないということで、星四つ。



【☆☆☆☆★】

2008年9月21日日曜日

冷泉 彰彦 「民主党のアメリカ 共和党のアメリカ」 日経プレミアシリーズ

村上龍主宰のメールマガジンJMMで、「From 911, USAレポート」という記事を寄稿している筆者による新書。

メールマガジンでは、非常にバランスのとれたアメリカ論を展開しているので、冷泉さんの記事をいつも楽しみにしています。この本は、アメリカ大統領選に合わせて上梓されたのだと思いますが、期待通りの内容でした。

かつて南部を支持基盤としていた民主党と北部を支持基盤としていた共和党が、それぞれの地盤を逆転させた経緯や、妊娠中絶や公的医療保険など、アメリカ大統領選でほぼ必ず議題になる対立軸が、なぜかくも毎回争点となるのかというようなことを解き明かしてくれます。

この本を読むまで全く気づかなかったのですが、民主党の支持基盤であると思っていたハリウッドが作る映画にも、民主党の価値観を反映させたもの、共和党の価値観を反映させたもの、両方あるそうです。例えば同じ隕石映画(?)でも、ディープ・インパクトとアルマゲドン。どちらがどちらのカルチャーか、見てみるとおもしろいと思います。

良い本だと思いますが、後半少しだけ冗長気味なので、星四つ。


【☆☆☆☆★】

2008年9月19日金曜日

山口 厚 「刑法各論」 有斐閣

刑法総論にて紹介した山口教授による、刑法各論の書。

刑法総論で見たような理論的な鋭さは、若干影を潜めているように思います。
その分、総論で見られたような、結果の妥当性よりも理論の明快さを重視するような若干の違和感を感じることはありませんでした。また他の学説や判例についても充分すぎるほどの論述があり、基本書として不足する点は全くないと思います。

ただ、記述を厚くしたため、非常に分厚い本になってしまっています。
充分に時間的余裕がある研究者の方であれば良いのですが、なるべく短い時間で実務家になりたいという、司法試験受験生には、あまりお勧めできません。

そもそも刑法各論は、総論と比べ、理解しなければならない核の部分は少ない筈であり、またどの学説をとってもそれほど大きな相違は出てこない分野であるので、もう少し易しい本を使うのがお薦めです。星二つ。

【中上級者向け ☆☆★★★】

2008年9月15日月曜日

上杉 隆 「ジャーナリズム崩壊」 幻冬舎新書

安倍政権の内幕を描いたノンフィクション「官邸崩壊 安倍政権迷走の一年」の著者による、日本の既存メディアに対する批判。

私は安倍政権が嫌いで、出版された直後に「そら見ろ」と思いながら「官邸崩壊」を読んだのですが(笑)、それまでこの著者のことは知りませんでした。「官邸崩壊」は安倍政権の内側を相当深くえぐった本で、かなりの取材力が無ければ書くことは出来ないはずです。それが無名だったフリーランスのジャーナリストによって書かれたとは驚きなのですが、本著を読むと、書き上げるに至るまでの苦労が伝わってきます。

本著は、そのような苦労の原因とも言える既存メディアの貧しい実情を、筆者が以前所属していたニューヨークタイムズのそれと比較して批判したものです。そしてその批判は、かなり的を射ていると思います。読むのにそれほど時間もかからないので、興味のある方は是非ご一読ください。

新聞というメディアが衰退していく原因は、インターネットの普及というだけにとどまらず、ジャーナリズム精神の崩壊という点にもあるように思いました。星四つ。

【☆☆☆☆★】

山口 厚 「刑法総論」 有斐閣

結果無価値論の大家による著作。

鋭い理論によって刑法総論を解き明かしてくれますが、一方で結果の妥当性が犠牲になっているのでは、という批判もあるようです。

私は初学者時代にこの本を薦められ、それ以来、刑法総論はこれ一冊で通しました。最初の半年くらいは読むのに非常に時間がかかりますが、一度理論の大枠を掴んでしまえば、後の学習はそう困難ではありません。他の刑法総論の基本書と比べてだいぶ薄いことからもわかるように、理解しなければならない量、暗記しなければならない量は少ないです。

結果の妥当性云々についても、刑法の研究者になるならともかく、法律実務家になるならば、山口説を採ったから不当な結果になってしまう事件というものに出会うことは皆無ですので、あまり気にしないでよいでしょう。

ただ、自分の経験を踏まえて言うならば、初学者にはやはり難解です。まずは他の入門書や予備校本などで、総論の大枠を掴んでから読むのが良いと思います。

個人的には、星四つです。

【中級〜上級者向け ☆☆☆☆★】

内田 貴 「民法I〜IV」 東京大学出版会

初学者に人気のある基本書です。

著者の内田先生の教育的配慮により、初学者が自習に用いても、自分で一通り勉強することができます。私は、生まれて初めての民法の授業の担当教授がこの本を教科書として指定したことから、その後もこの本を主として民法を勉強することになりました。

内田先生は幾つかの重要な論点で少数説を採られているため、教科書の論述も、当然その立場から書かれています。しかし、通説の考え方についてもきちんと触れられているため、受験勉強をしていく上での不都合は無いように思います。

もちろんその際の通説は、批判の対象として触れられているにとどまるため、「通説で答案が書きたい、書ければよい」という方にはあまりお薦めできません。

個人的には、星三つといったところでしょうか。



【初学者〜中上級者向け ☆☆☆★★】