2008年10月14日火曜日

芹川 洋一 「政治をみる眼 24の経験則」 日経プレミアシリーズ

著者は日経の元政治部長。当然ジャーナリストですが(「ジャーナリズム崩壊」の上杉 隆氏に言わせると、ジャーナリストではない!ということになるのでしょうが・・・)、著者にはこの本を「ジャーナリズムとアカデミズムの架け橋」にしたいとの思いがあるようです。そのせいか、引用した文献については本の末尾でまとめて掲げるという、学術論文的な構成になっています。

ただ、内容的には、アカデミックとまでは言えないように思います。長年政治記者をやってきた経験から、日本の政治(あるいは政治家)の特徴について24の経験則をまとめているのですが、正直、わざわざ経験則という程のものかどうかは疑問に思ってしまいました。切り口としては面白いのですが・・・。

具体的な内容について、不満な点と面白かった点を一つずつ。

まず不満な点は、政治におけるメディアの機能について。
著者は安倍政権を例に、当初は中韓訪問等を評価していたメディアが、「意見の風向き」や「空気」とでも言うべきものに突き動かされて、アンチ安倍政権に流されていったという旨のことを述べています(第1章)。多くの者がある政権を支持しているときにそれを批判するのは難しいが、いったん別の傾向がはっきりしてくると、メディアは安心して次から次へとその流れに乗っていく、と言います。確かにそれは、安倍政権の誕生から崩壊までを報じたメディアの論調について、私が感じていたことと同じでした。

そこでジャーナリストが場の空気に流されて良いのかどうかという大きな疑問が出てきますが、この本があくまで政治をテーマにしたものであって、ジャーナリズムをテーマにしたものではないことを理由としてか、著者はメディアの功罪については一切触れていません。あくまで淡々と、政治に与えるメディアの役割を、第三者的に述べているだけです。ちょっとそこは物足りないと思いました。第一線の政治記者が、メディアの功罪についてどう考えているのか、というのは多くの人が興味を持つ点ではないでしょうか。

そして面白かった点。
この本は全体を通して「政治とは、政策を競う場でもあるが、本質としては権力闘争である」ということを明確にしてくれます。

テレビに良く出てくるような政策通とされる若手政治家ばかり見ていると、政治とは政策論争の場であることを強く意識しますし、それが本来の政治の目的でもあることは間違いないでしょう。しかし、いくら素晴らしい政策であっても、権力闘争に打ち勝って、ある政策を実行できなければ、あまり意味はないのです。権力闘争は、見ている方もくだらないと感じるし、やっている方も大変なのでしょうが、必要悪として存在し続けるものなのです。

弁護士という仕事をしていると、理屈や建前や正論(産経的な意味ではありません・・・)を重視し、政治的権力闘争まで目がいくことは少なくなってしまうのですが、それは間違いである、ということを認識させられました。

日本政治に関するいくつかの新しい視座を提供してくれたということで、星三つ。


【☆☆☆★★】

2008年10月11日土曜日

竹森 俊平 「資本主義は嫌いですか」 日本経済新聞出版社

サブプライム危機の発生メカニズムを描いた本。かなりふざけた表紙だし、題名「資本主義は嫌いですか」、副題「それでもマネーは世界を動かす」とあって、とても軽い本かと思って手に取ったんですが、内容的にはかなり高度です。

筆者は慶応の教授で、「1997年―世界を変えた金融危機」という朝日新書の著書等があります。その本も、新書の割になかなか高度な内容だったんですが、内容の難しさは今回の本の方が上でしょうか。

ですが、サブプライム危機の発生メカニズムは、僕が読んだ本や雑誌の中で、これが一番わかりやすいです。「リスク」と「不確実性」という概念は別物であること、計算可能な「リスク」から計算不能の「不確実性」の領域まで踏み込まなければ企業が莫大な利潤を得ることはできないこと。金融業界は本来「不確実性」の領域の問題であるはずのことを、金融工学によって「リスク」へと変化させたこと、しかしいくら金融工学を使っても、結局それは計算不可能な「不確実性」の問題に過ぎなかったこと・・・。

リーマン・ブラザーズが経営破綻した際に、日経新聞は破綻理由を「仕入れたローン債権を証券化して売却しようとしているのに、証券の内容についての不安が高まり、それが売れなくなったため、過剰在庫を抱えてしまった」と書いていた(多分・・・)のですが、そのさらに奥にある、「なぜ証券の内容についての不安が高まったのか」ということを説明してくれます。

さらにこの本の面白いのが、第二部。サブプライム危機がこれだけ拡大するだいぶ前から、これからどのようなことが起きうるかを、学会の皆さんはかなり正確に予測していたことがわかります。

投資をしている人(私も今回の株価大暴落で損失を被った者の一人ですが・・・)は、経済動向に加えて、学会での議論にも注目しておくべきであるということがよくわかりました(笑)。

難しいけどためになるということで、星四つ。


【☆☆☆☆★】

2008年10月7日火曜日

岡口 基一 「要件事実問題集」 商事法務

前回紹介した「要件事実論30講」に引き続き、要件事実論の本です。著者の岡口さんは現役の裁判官で、実務家や修習生で使用している人も多い「要件事実マニュアル」の著者でもあります。

前回紹介した30講が「参考書プラス問題集」あるいは「事例を用いた参考書」であるのに対し、この本は、題名からもわかるように、純粋な問題集となっています。

しかも内容は、例えば「不動産明渡」、「売買代金請求」又は「代理」といったように項目別になっているのではなく、問題を解いてみないことにはその章が何を題材にしているのかわからないようになっているのです。

受験生は当然本番の試験で何が出るのかわからないですから、本書ではそれと同じような条件で、要件事実論の学習が出来ることになります。

この構成はかなり有用で、純粋に自分の実力を試すことができるようになっています。ただもちろん、ある程度要件事実論を理解していないと難しいですが。

解説も丁寧だし、問題もよく考えられている本なので、星五つ。


【☆☆☆☆☆】

2008年10月3日金曜日

週刊ダイヤモンド 2008年9月13日号 「給料全比較」

みんな気になる人の給料。しょっちゅう雑誌で特集されていますが、最近は、単なる人の給料に対する興味から、下流社会論あるいは格差論としての給料論へと、その中心が移ってきているような気がします。

今回の週刊ダイヤモンドの記事も一応は、格差論的な給料論が多少ですが展開されています。教育委員会汚職のあった大分県における、民間企業、平の教師、校長の給与の格差など。

ただ、「格差論」を全面に押し出しているのではない、今号の「給料全比較」のような記事では、読者の多くはやはり、興味本位で読んでいるのではないでしょうか。かくいう私も、普段ビジネス誌は専ら日経ビジネスか週刊東洋経済を読んでいるのに、この号は「弁護士」特集が掲載されていたので買ってしまいました(笑)。

その弁護士の記事で載っていた中で気になったのが、「過払金の六割が報酬に化ける!」というもの。確かに現在、弁護士と司法書士は、過払金返還請求バブルとも言える状況であり、消費者金融業者から依頼人が返して貰った金で、かなり潤っているのが現状です。

しかしいくらなんでも、6割は言い過ぎだよ、というのが記事の感想でした。一例として、9社から借り入れのある場合で、現在の借入額が475万8803円で、再計算後の借入額が162万1996円、減額に成功した額が313万6807円、過払金返還額が121万2500円、弁護士報酬が77万2990円である、という例です。

この記事では、返還額121万2500円に対して、弁護士報酬が77万2990円であるとして、過払金の約64パーセントが弁護士報酬として消えてしまうと批判しています。しかしながら、この例では本来は、依頼人の利益は減額成功分313万6807円と返還額の121万2500円の計434万9307円であり、それに対する弁護士報酬は、約18パーセント弱に過ぎません。

このような数字のレトリックで、弁護士がいかにも悪徳商売であると言われるのは、甚だ心外です。利益の金額を適切に計算できない人がこの記事を書いたのか、それとも弁護士報酬への批判を煽るためにこの記事を書いたのかわかりませんが・・・

明らかに間違いか、悪意のある記事なので、星ゼロです(笑)。


【★★★★★】

2008年10月2日木曜日

石井 一正 「刑事事実認定入門」 判例タイムズ社

題名から明らかなように、初学者向けの刑事事実認定の本です。

法律を学んだことのある人はご存じだと思いますが、法の適用とは、三段論法になっています。第一に、大前提としての法解釈があります。例えば、「刑法199条における殺人の実行行為とは、人の死の結果を生じさせる現実的危険性のある行為である」というものです。次に、小前提として「Aは、銃弾を発射可能な改造拳銃で、Bを撃った」というものがあります。そして結論として来るのが、「Aの行為は、殺人の実行行為に該当する」というものです。

法の適用とはあくまでこの三段論法に則って行われるのですが、実は、法学部や法科大学院で学ぶ法律学や司法試験で出題される問題は、殆ど全てが、この大前提に当たる「法解釈」についてのものに過ぎません。

ですが、考えてみると、最初の「殺人の実行行為とは、人の死の結果を生じさせる現実的危険性のある行為である」との法解釈は、法律を学んだことの無い人であっても、おおおその意味合いはわかるのではないでしょうか?要するに、「人が死んでしまう可能性があるくらいに危険な行為」が殺人の行為(刑法学においては「実行行為」と言います)なのです。

ここからわかるように、実は法適用の三段論法における大前提である「法律の解釈」は、殆どの場合、普通の人でも容易に理解しうるものなのです。そもそも法律を読んだ人が意味を理解できないと、法律の意味が無いですよね(そう言ってしまうと弁護士の仕事って何だ?と言われそうですが・・・。私見では、ほとんどの方は法律の意味を読んでわかることはできても、自分の言いたいことを法的に言うことができません。そこを弁護士がお手伝いするのです)。

では次の「Aは、銃弾を発射可能な改造拳銃で、Bを撃った」という事実はどうしたらわかるでしょうか。もしAが誰もいない荒野でBを撃った場合、それを直接見た人はいません。ほんとうの真実は、神様しかわからないでしょう。

しかし様々な証拠を集めた結果、つまり改造拳銃に残された指紋や、Aの死体の中にあった弾丸、Bが殺された前日にAとBがひどく言い争っていた事実等々を加味して、Aを殺したのはほぼBに間違いない、と考えることが出来たとします。この、証拠から事実を導き出すことを、事実認定と言うのです。この事実認定のプロセスは、非常に論理的に行われるのです。

この本はその刑事事実認定の入門書です。来年から裁判員裁判が始まりますが、裁判員裁判にて最も期待されているのが、一般の市民の目線に立った、事実認定という作業です。その作業の中身を知っておくことは、もし自分が裁判員になることが無かったとしても、有用であることは間違いないと思います。

受験生だけでなく、刑事裁判に少しでも興味を持たれた方、法律家の思考経路を覗いてみたい方、仕事で論理的思考(ロジカル・シンキング)を求められている方など、色々な人にお薦めの本です。星五つ。

【☆☆☆☆☆】

2008年10月1日水曜日

村田 渉、山野目 章夫編 「要件事実論30講」 弘文堂

司法修習生や法科大学院生の定番となっている、要件事実の本。

従来の司法試験の合格者にとっては、要件事実論は合格後に司法研修所で学ぶものでした。ですが今では、要件事実論は法科大学院で基礎を学び、また新司法試験の出題範囲にもなっています。

その法科大学院での要件事実論の講義ですが、「問題研究 要件事実」と「紛争類型別の要件事実」という、どちらも司法研修所が編集したもので、外部向けにも法曹会から出版されている本が、教科書として使われているようです。

要件事実論を学ぶに当たって、これら二冊の教科書は非常に役立ちます。研修所の二回試験もこの二冊を完全にマスターしていれば、とくに問題は無いはずです。しかし、これら二冊では、なかなか具体例が掴めないのも事実だと思います。「問題研究 要件事実」はごく初歩的な本であってこれ一冊では要件事実論の学習に不十分だし、「紛争類型別の要件事実」は具体的事例が少ないので、イメージが掴みにくいのです。

そこで出てくるのが、この本「要件事実論30講」です。設題形式になっているので具体例が掴みやすいのが特徴です。読み物として使うのも良いですが、演習本としても使えます。内容も、基本的に研修所で教えるスタンダードな要件事実論となっています。「紛争類型別」とほぼ同じ内容を、よりわかりやすく丁寧に解説している、と言えるでしょうか。要件事実の初学者はとりあえずこの本を読んでみると良いでしょう。

ただ個人的には、この本は細かな部分で詰め切れていない気がします。例えば不法行為の要件事実なんてあえて章立てして論ずる必要があるのか・・・などと思ってしまいます。

この本が良くできた本であることは事実なので、星四つ。


【☆☆☆☆★】